登山と栄養補給について

                                    日本山岳ガイド連盟認定ガイド 三島 健悦

 

「シャリバテ」という言葉はご存知ですか?

私も昨年、北海道・幌尻岳に行った際、沢の増水で下山路をたたれ別ルートから下山しようとし、2日続きで幌尻岳に登った時にひさびさに『シャリバテ』になってしまいました。
「シャリ」つまりご飯を食べないとバテることを言います。登山は莫大なエネルギーを消費します。
どれくらいエネルギーを消費するかというと、一時間あたり軽いハイキングで350kcal、本格的な登山で700kcalになります。本格的な登山で7時間から10時間歩いたとすると、5000kcalから7000kcal消費することになります。マラソンで使うエネルギーが2000〜2500kcalであることを考えると、登山は時間当たりのエネルギー消費は他のスポーツに比べて低いのですが、1日あたりの消費量となりますと、かなりのエネルギー量を消費することになります。

成人通常ペースでの登山 (UIAA試算)

空身   1時間・体重1kg当たり6kacal、体重60kg*8時間歩行で2880kcal
20kg  1時間・体重1kg当たり9kacal、体重60kg*8時間歩行で4320kcal

●登山の燃料は
登山の燃料は、食物栄養素のうちの炭水化物と脂肪です。これらを酸素によって燃やし、そのときに出るエネルギーで筋を動かしています。炭水化物と脂肪の関係は、体内の貯蔵量にあります。
脂肪は1週間も使えるほどの膨大なエネルギーがありますが、炭水化物は体内に一定量以上(炭水化物だけを使用したとして、1.5時間)を蓄えることができません。炭水化物は食いだめは出来ませんし、余ったものは脂肪として貯蔵されます。

ここでポイントです。
炭水化物は脂肪と混ぜ合わせなくても燃えますが、脂肪は炭水化物と混ぜ合わせなければ燃えないという性質があるのです。つまり炭水化物がなくなってしまえば、脂肪がたくさんあっても、筋は動かなくなってしまうということです。炭水化物は脂肪を燃やすための、燃料促進剤なのです。
健康維持のために脂肪を燃やそうと考えたら、積極的に炭水化物を摂取しなければなりません。何も食べずに歩くと、疲れるうえに脂肪も燃えず何の意味もありません。

山での歩行中に急に眠くなったり、ボーとしたことはありませんか?

これは寝不足とかではなく、血糖値(血液中のブドウ糖の量)が下がったことによるものです。血糖値は体内の炭水化物の貯蔵がなくなってくると低下します。炭水化物・脂肪とも筋のエネルギーにはなりますが、脳、神経系のエネルギーになるのは炭水化物だけなのです。ですから炭水化物がなくなると、単に筋の疲労を起こすだけではなく、敏捷性、平衡性などの運動能力や視覚、聴覚、触覚、温度感覚などの感覚能力、思考力、判断力、集中力、意思力といった精神的な活動能力が低下してくるのです。
中高年の事故でも「ボーッとして何でもない所で転んでしまった」とかが、この脳の働きが低下したために起こったことと考えられます。

さて、では何を食べたら良いのでしょうか?

人間の体は不思議なもので、炭水化物がなくなってくると、タンパク質を分解して炭水化物に変えてエネルギーにしようとする。このとき、まっさきに分解されるのが筋のタンパク質なのです。つまり、炭水化物を補給しないで登山をすることは、筋肉を燃料として食いつぶしながら歩くことに等しいのです。

食物栄養素は、炭水化物、脂肪、タンパク質、ビタミン、ミネラルの5種類があります。
長期間の登山ではすべての栄養素が重要となります。

★ 長期間の登山ではビタミン、ミネラルが不足がちになります。

これはビタミンパックなで補給すると良いでしょう。

登山で最も重要な栄養素は炭水化物です。炭水化物は糖類とデンプン類の2種類があります。

(1)糖類(砂糖、飴、チョコレートなど)
 速効性の燃料で急激に血糖値を上げる作用があります。特にバテた時には効果的です。
 ただ、出発前に多量に食べると、血糖値が上がりすぎて、反動で血糖値を下げようとする動き が強くなるのでご注意を。
(2)デンプン類(ご飯、餅、麺類、パンなど)
 遅効性の燃料で、血糖値をゆっくり上昇させる作用があります。その効果の長持ちし
 「腹持ち」の良い食べ物と言われます。

どのように食べたらいいのでしょうか?

(1)朝食
 かならず食べるようにしたい。遅効性のデンプン類(ご飯や麺類)を食べるのがよいでしょう。
(1) 昼食及び行動食
 炭水化物は1〜2時間でなくなりますから、昼の大休止にまとめて食べるのではなく、こまめに    食べるのがよいでしょう。腹持ちの良いデンプン質と速効性の燃料の糖類を組み合わせると よいでしょう。
(2) 夕食
 泊りがけの登山の場合、昼間の行動によって体内の炭水化物の貯蔵量はかなり低下していま す。次の日の行動に備え積極的に補給しなければなりません。
また、タンパク質や脂肪もバランス良く取ることも必要です。

どれくらい食べたらいいのでしょうか?

60kgの方が10kgの荷物を担いで8時間の登山をした場合、3600kcalを消費します。
行動中にはこのエネルギーのすべてを補給する必要はありません。(約2分の1〜3分の2を体内脂肪が肩代わりしてくれます)
ということは行動中、2分の1から3分の1のエネルギーを補給すればよいことになります。約1800kcal〜1200kcalでご飯に換算すると7〜5杯とびっくりするような数字になります。登山中は食べ過ぎより食べなさ過ぎに注意しましょう。

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